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2008年3月18日 (火)

07年6月号 ブラジルのインディオ

ブラジルのインディオ

インディオの起源は今から約四万年前に遡ります。氷河期だった当時、世界の大陸の大部分は雪と氷で覆われていました。アジアで生活をしていた人類は食べ物を求めての大移動を余儀なくされ、東シベリアへ、さらには氷で覆われて陸続きとなっていたベーリング海峡をアラスカへと渡り、北米や南米の温かな気候の地に適合していったと考えられています。
ジャングルの密林の中では同じ種族であっても部族間の接触がほとんどなかったために、長い年月とともに各々の言語や文化は独自性をさらに強め、ポルトガル人がブラジルを「発見」した西暦一五〇〇年には、ブラジル全土で約一〇〇〇部族、三〇〇万から五〇〇万もの先住民が暮らしていたと思われます。
インディオという言葉は、インドの人という意味です。探検者たちがブラジルを
インドと勘違いし、インドの人を表すインディオという名称を勝手につけてしまったのであって、彼らにとっては迷惑な言葉に違いありません。そのため、この言
葉を使うのは好ましいことではないのですが、すでにブラジル社会でも定着した言葉となっているので、ここではインディオとはヨーロッパ人にアメリカ大陸が「見」される以前に、その地に住んでいた先住民及びその子孫のことだということにしておきましょう。

 様変わりするインディオ社会

 平和に暮らしていたインディオの生活はポルトガル人の侵略によって様変わりします。ある者たちは虐殺され、ある者たちは強制的に労働に従事させられ、また白人(インディオは非インディオの人たちを白人と呼んでいます)との混血もすすんでいきました。概して言えば、沿岸部や開拓地域ほど白人との関係は濃厚なものとなり、人口密度の低い地域や奥地ほど白人社会からの影響を回避してきたと言えます。
 その結果、インディオ社会は、白人との接触がいまだにないインディオ(集落の跡などから現在少なくとも約五四部族が確認されている)、白人と断続的にしか接触を持っていないインディオ、白人との接触が比較的多く、自分たちの生活様式を守りつつも、都市部などで生産される品々を生活の中に取り入れているインディオ、白人との接触が日常的で、都市部などで生活基盤を持つインディオの四つに類別されるようになりました。
 ブラジルで暮らすインディオの総数は現在約七五万人ですが、半数以上のインディオはすでにインディオ集落から離れて暮らしており、旧来の生活様式を保っているのは残りの約三五万人のみです。サン・パウロ州などを含め、今でもブラジル全土でインディオが生活していますが、大半の部族はアマゾン地域に集中しています。いまだにアマゾン地域のことはよく分かっておらず、私たちが知らない部族がさらに多くあると言われています。

 インディオの文化

 さて、インディオというと、皆が似たり寄ったりの生活をしていると思われがちですが、実際はその部族によって、宗教、言語、定住性、住居、食べ物、農業、衣服、踊り、祭り、儀式、婚姻など、その文化や価値観は多様性に富んでいます。例えば言語に関しては、二〇〇年程前までトゥピ語がブラジル全土で最も多く使われていた(ポルトガル人がトゥピ語の使用を禁じる法律を作ったため、その後はポルトガル語の普及がすすんだ)ものであるため有名ですが、それ以外にも約一七〇もの異なる言語が現在も存在しています。そのため、幾つかの言語を知っていないと部族間のコミュニケーンをとることすら難しいという状況が起こってきます。居住場所についても、定住性の強いインディオ部族もあれば頻繁に集落を移動する部族もありますし、中には馬を主たる移動手段に使っている部族もあります。住居についても、一家族ごとに一つの家を作る部族もあれば、大きな家を一つだけ作り、そこで六五~八五人もの人たちが共同生活している部族もあります。婚姻についても一夫多妻制の部族もあればその逆もあり、女性が男性に求婚するのが常となっている部族もあります。
 しかし、インディオすべてに共通して言える特徴もあります。それは自然との調和を何よりも大切にし、そこで得られたものは皆で平等に分配し、富の蓄えを目的に自然のものを浪費することは決してないということです。インディオは自然に対する豊かな知識を有し、畏敬の念を持ちながら暮らしています。
 住居、カヌー、弓、矢、陶器、かご、ハンモック、飾りなど生活に必要なものはすべて自然の中にあるものから作り出します。これは子どもも同様で、遊びに使われるものはすべて自然の中にあるものばかりです。ゴムの木やツタからボールを作り、大きめの葉っぱから折り紙を作り、楽器や人形、コマ、ペテッカ、編み物などあらゆるものが自然から作り出されます。
 インディオの生活は子どもたちにとって最高の遊び環境で、遊ぶ材料には事欠きません。木の枝などに何かをぶら下げてはジャンプ遊びをし、石をわらと羽根でくるんだペテッカ(トゥピ語で「叩く」という意味)を手のひらで叩いて遊び、ツタを使ってあやとりをし、かくれんぼ、鬼ごっこ、竹馬、こままわし、なわとび、綱引き、川での水遊びなどをしながら日々を過ごします。
 そして、遊ぶときはいつも他の子どもたちと一緒です。すべての子どもが同じ遊びを知っていて、誰かが新しい遊びを始めると、すぐに他の子どもたちに伝えていきます。おもちゃについても同様で、誰かが新しいおもちゃを手にすると、他の子たちも同じものを手にし始めます。けれども、おもちゃを作るのは大抵、両親です。刃物を使って丁寧におもちゃを作ってくれる大人の姿を見ているので、子どもたちはおもちゃを大切に扱い、少々壊れることがあってもそれを修理していつまでも使い続けます。
 また、子どもたちは遊びながら学び、学びながら遊びます。例えば、子どもたちの大好きなものに狩り遊びというものがあります。子どもたちが二チームに分かれて、一チームは狩人に、別のチームは獲物になります。最初に獲物のチームが林の中に入って隠れ、しばらくたってから狩人のチームが獲物を探しに出かけます。獲物が全員見つかったらチームの役割交代です。また、一人がひょうたんを引っ張り走り回ると、他の子たちは小さな弓の矢でひょうたんの的あてを始めます。子どもたちは川遊びが大好きですが、水遊びは筋力を鍛えるのに最適です。さらにこんな遊びもあります。
 二人一組でチームを作り、一人がパートナーを肩車します。対戦するチームも同様に肩車し、水の中で相手チームの肩車されている子どもをつき落とした方が勝ちという遊びです。これは日本でもおなじみの遊びですね。
 大人の仕事に子どもたちが一緒についていくこともよくあります。男の子は小さな弓と矢を持って父親と一緒に狩りに出かけます。女の子は小さな器を頭にのせて母親と一緒に水汲みへ出かけます。子どもたちは途中で退屈になって遊び出すこともありますが、そのことが大人から咎められることはありません。インディオ社会では高齢者は語り手、若者は家族の養い手、子どもは世界の中心と言われています。ある探険家の話によると、村の火事を引き起こした子どもですら叱られることはなかったといいます。大人は辛抱強く、良いことと悪いことを子どもたちへ教えていき、子どもたちは集会など大人たちのどんな活動にも一緒に参加でき、大人のすることを見て、真似ることで社会性を身につけていきます。
 大人もまた、仕事以外の時間は子どもと一緒に過ごし、友だちとおしゃべりをし、飾り物を作ったり、踊ったり歌ったりしながら過ごします。白人にとっては、働くことはお金を得るための手段です。けれどもインディオにとっての財産は富を蓄えることではなく、豊かな人間性を磨くことです。うそをつかず、けんかをせず、言い争いをせず、周りとの調和を何よりも大切にする心がインディオ社会では尊ばれています。

 インディオの祭りに丸太かつぎ競争というものがあります。幾つかのチームに分かれてリレーを行うのですが、インディオは勝ち負けにはこだわりません。そのため、いつも相手チームと同じペースで走り、全員が同時にゴールします。インディオ社会ではお互いの協力、調和こそが何よりも大切にされるのです。

 インディオ社会の危機

 インディオにとって大地は誰の所有物でもありません。大地は偉大なる母であり、インディオは大地の子だといいます。母である大地が彼らに食物を与え、命を与え、生活に必要なものすべてを与えてくれる、また、大地は死者のすみかであり、すべての魂が宿る所だといいます。大地は生きとし生けるものすべてにとっての場だというインディオの考え方と、富を築くために土地を自分たちの所有物にしようとする白人との間には、今まで絶えず闘いが起こってきました。
 しかしながら、インディオは年の経過とともに、より狭い土地での生活を余儀なくされ、一五〇〇年当初にブラジル全土で約三〇〇万人から五〇〇万人いたインディオは現在約三五万人、同じく約一〇〇〇あった部族は現在約二〇〇部族へと落ち込み、ほとんどの部族が消滅することとなってしまいました。
 インディオの生活は現在も様々な要因によって脅かされています。主なものとしては森林伐採、鉱山採掘、砂金採集、道路建設、水力発電所建設、異常気象による影響、白人によってもたらされる(自然界には存在しない)病気などです。森林が伐採され大型の道路建設が進み、採掘によって川は汚され、そこに生息していた動植物が姿を消し、かつての楽園が破壊され、また今も破壊されつつあります。苦しくなる生活の中で、中には(騙された)インディオ自らがお金のために環境を破壊する行為に加担してしまうこともあるそうです。土地が荒廃し、狩りの獲物が森から姿を消し、自然の中に豊かにあった食物が減り、最近では飢えに苦しむインディオ部族すら出てきています。
 そのような中、人権意識の高まりとともに、インディオ社会も次第に政治への参加の度合いを強めてきました。その願いが明文化されたものの一つが一九八八年に制定されたブラジル憲法です。同憲法は「インディオのすべての土地は五年以内に境界確定すること」と謳いました。インディオの居住地は一九六一年のシングー国立公園以降「インディオ保護区」として境界確定されるようになりました。インディオの生活の場が脅かされないよう措置が図られ、医師、学者、調査員、報道記者など一部の人に対してしか同区への立ち入りが許可されないようになっています。
 しかし、憲法制定から二〇年近くたった今も、インディオ保護区として指定された場所は限られています。インディオの暮らす土地への不法な森林伐採や密猟などが相次ぐだけではなく、鉱脈の調査、道路建設、新たな水力発電所の建設などが連邦政府によって許可され、人権を擁護すべき機関そのものが人権の侵害に加担しているようなこともあるようです。
 かつてはお互いにほとんど接触がなかったインディオ部族同士も最近は連携を強めて協会などを立ち上げ、インディオ社会から国会議員が輩出するに至っています。けれども、道のりはまだまだこれからです。
 そしてまた、経済的観点においても、あるいは環境的観点においても、私たち日本人もインディオの生活と無縁ではありません。私たちの生活私たちがどう暮らすかによって、インディオの生活が豊かになるのか貧しくなるかが決まってくるのです。

(参考文献)
Daniel Munduruku. Histórias de Índio. São Paulo,
Companhia das Letrinhas, 1996

Daniel Munduruku. Coisas de Índio. São Paulo, Callis, 2003

Maurício de Sousa. Manual do Índio do Papa-Capim. São Paulo, Globo, 2002

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