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2008年1月 5日 (土)

04年12月号 情報難民としての外国籍者

情報難民としての外国籍者

―新潟中越地震に思う―

 今回のテーマを決めて原稿を書き始めていた時、新潟で大規模な地震が発生しました。そこで今回は、この自然災害を通して私自身が思ったことを綴ってみたいと思います。

 テレビでは現在、連日のように土砂で埋まった車からの母子三人の救助活動のことが伝えられています。長男の優太(ゆうた)君が奇跡的に救出されましたが、お母さんの貴子(たかこ)さんと長女の真優(まゆ)ちゃんは悲しい結果となってしまいました。けれども、この救助活動をどれほど多くの人が固唾を飲んで見守っていたことでしょう。我が身のように子どもの救出を喜び、残る二人の安否を気遣っていた近所の人たちの話を聞くと、まだまだ温かい心を持っている人が数多くいるのだと心強く思いました。また相当多くの義援金(企業等からの義援金を含め一一月四日現在で三〇億円以上)も集まっていることを知り、小さな力でも寄せ集めれば非常に大きな力になるのだと改めて感じさせられました。

 今回の最初の大きな揺れは一〇月二三日一七時五六分頃、M六・八(川口町では震度七を記録)、新潟県中越地方で発生しました(気象庁:http://www.jma.go.jp/JMA_HP/ jma/ niigata.html)。死者三九人、負傷者二六二三人、住家被害一〇六九八軒(一一月五日午前九時現在)という惨状(消防庁:http://www.fdma.go.jp/detail/ 388.html)で、避難者はピーク時約一〇万三千人にも達しました。悲しみや不安、失意、ひもじさ、寒さなどの中で過ごしておられる皆さんのことを思うと心が痛みます。

 そんな中、私自身気になっていることの一つは、被災地で外国籍の人たちがどのような状況に置かれているかということです。新潟県在住のブラジル人は一三七三人(法務省資料:平成一五年末現在http://www.moj.go. jp/PRESS/040611-1/040611-1-1.pdf)。うち震源地付近である長岡市でのブラジル人登録者数は約五〇〇人。ブラジル人の大半は寒さと雨をしのぐため役場や学校、保育所などで過ごしたそうですが、中にはビニールの敷物やテント状のものを使ったり、車内や空き地などで寝たりした人もいたといいます。

一〇月二六日付の東京新聞(http://www. tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20041026/mng_____tokuho__000.shtml)は被災地での外国籍者の状況を次のように報じました。「新潟県中越地震の被災者は、日本人ばかりではない。留学や企業研修などで長岡市や小千谷市などに二〇〇〇人を超える外国人がいる。誰でも怖いが、『言葉の壁』があればなおさらだ。今何が起きているのか。どんな支援を得られるのか。基本的な情報すら得られず不安を募らせている。……(中略)……
 オーストラリア出身の英語教師、メラニーさん(二四)は二四日から、母国から遊びに来ていた祖母らとともに、ロビーに避難している。『アパートはものすごく揺れて、全部めちゃくちゃになってしまった。日本人の友達がここに避難できると教えてくれた。母国で、テレビニュースを見ている家族が携帯に電話をくれて、地震の情報を教えてくれている。それが一番の情報源』。災害対策本部の真下にいながら、オーストラリアから情報を逆輸入している格好だ。
 同市の南にある工業団地には食品工場、工具メーカーの工場などで多くの日系ブラジル人やその家族が働いている。市内の宮内小学校には、約四五人が避難し、同市内では外国人が最も多い避難所となった。
 同団地の食品工場に勤めるナガタ・ヤスオさん(五六)は家族四人暮らし。一週間前、今回の地震で最も被害の激しい小千谷市から引っ越してきたばかりだった。
 双子の息子の一人ヤスヒロ・フェルナンドさん(一九)は地震の様子を伝える新聞に見入っていたが、『写真は分かるけど、意味が分からない』と苦笑い。『彼はほとんど日本語を読めない。ひらがなぐらいなら分かる程度。だから小千谷が大変なことになったと何となく分かったけど、何人亡くなったとかどこの建物が倒れたとかは分からない』とヤスオさん。……(中略)……
 ヤスオさんの同僚のクラウディオさん(五一)は、仕事上の言葉は分かるが、日常会話は仲間に通訳してもらうしかない。避難所には食事や毛布の到着時刻などが張り出されているがそれも読めない。『テレビも新聞も日本語だしどこにどう行けば生活必需品が買えるのかといった情報が入ってこない』と不安げな表情だ。……(後略)……」

近畿でも今から二ヵ月前の九月五日午後七時頃に地震が発生し、奈良や和歌山で震度五弱の他、三重、滋賀などでも震度四を記録しました。

ブラジルでは地震がないこともあり、在住ブラジル人の驚きは相当大きなものだったようです。大半が屋外に飛び出し、中には入浴中でタオルを巻いただけで外に飛び出す人もいたと聞きました。多くの人が車の中で、不安で眠れないまま一夜を明かし、翌日も仕事を休んだ人が多かったということです。三重県でも南米系の人たちは相当おびえていたようです。ある学校では南米系の子どもたちの半数以上が翌日欠席となったり、幾つかの市役所では百人から二百人もの南米系の人たちが避難のため自主的に集合したり、また「午前四時にもう一度揺れるらしい」といったデマも流れたりしていたそうです。

いずれにしても地震発生時に多くの南米人は屋外に飛び出したということですが、建物や壁、ガラスなどが落下することがあるため、この行為は非常に危険です。後日そのことをあるブラジル人に言ったところ、「私たちの住んでいる所は建物の老朽化がすすんでいるから揺れも大きいし、外に逃げ出さないと危ない」という答えが返ってきました。

公営住宅に住んでいる人たちを除けば、在住南米人の多くは相当老朽化した住宅に住んでいることと思います。ゴキブリはおろか、ネズミやオニグモ、中にはヘビが家の中に出てきたという人もいました。今年六月十五日、私が関わっているもう一つの市民団体インターナショナル滋賀では四カ国語による無料歯科検診を草津カトリック教会で行いましたが、あわせて「住宅に関するアンケート」調査も行いました。回収方法が悪く九名からしか返答をいただけなかったのですが、少しでも外国籍の方たちの住宅事情を知っていただくためにいくつか紹介します。

《現在の住居を選んだ理由》では「派遣会社が貸してくれる唯一のものだった」「選択肢がなかった。私たちの予算に見合い、保証人が不要の唯一のものだった」「会社を解雇された時、自分で借りたアパートだと引越しする必要がないので安心」といった回答がありました。外国籍者が個人で民間の賃貸物件を借りるのは非常に難しいことです。それは、大抵の場合、不動産業者から日本人の保証人をつけるよう求められるためです。そのため、《保証人》についても半数以上の人が「会社」と答えました。個人で借りることが難しい場合は会社が法人契約をしている賃貸物件や会社の寮を借りることとなるのですが、ここで問題なのは会社が物件を借りた場合、解雇されると同時に住む場所も失うことになりがちだということです。またその場合、物件を見て納得した上で借りるわけではないので、「狭く、状態も悪い」「駐車場もシャワーもない」「水道・ガス管がむき出し」「JR線のすぐそばなので電車がうるさい」「少し湿気ている」「とても寒い」などといった不満が出てきています。また、《外国人は日本人よりも住居を借りることが難しいと思いますか?》という質問に対しては、「情報不足」「私たちが家賃を支払わないのではないかと疑っている」「余りに障壁が大きい。貸してくれない所がある」「差別がある」「偏見がある」といった回答が寄せられました。この他、外国籍の人たちの住居についてはさまざまな問題点が指摘されていますが、「外国人」であるという理由で入居できる選択肢が著しく狭められ、老朽化した建物に住まざるをえない人たちが多くいることをここでは述べておきたいと思います。

また、地震発生時のコミュニケーション上の問題も深刻です。そもそも、必要最低限の情報をどうすればすべての住民に届けるかがほとんどの自治体で議論されていないことと思います。今年一〇月中旬には台風二三号が日本列島に上陸しましたが、ある地域では床上浸水となったにもかかわらず情報が行き届かず、ホームヘルパーの介護を受けていた高齢者が溺死するという事件が起こりました。全般的な災害対策に忙殺される中で、移動に困難を伴う人のことが忘れ去られた人災ともいえる出来事です。

マイノリティーの人たちにどう危険情報を伝達し避難誘導するか、それは一つの大きな課題です。例えば役場の広報車などを出動させ避難勧告や避難指示を呼びかけている様子をテレビなどで見かけますが、そのような方法だけでは外国籍の人たちや聴覚障害の人たちが情報から取り残されてしまいますし、移動が困難な人たちも救われないかもしれません。

また避難所へ避難しても、災害情報や離れ離れになった家族との連絡方法や配給についての情報など、コミュニケーション上の問題がたちまち発生してきます。先にあげた新聞記事でも、外国籍者の間では「災害対策本部の真下にいながら、オーストラリアから情報を逆輸入している」といったことや「避難所には食事や毛布の到着時刻などが張り出されているがそれも読めない」ために必要な情報を得ることができないといったことが伝えられました。これらは事前に対応策が練られていなくてはならないことばかりです。

外国籍の人たちも安心して過ごせるような態勢作りとあわせ、もう一つ大切なことを最後に述べておきたいと思います。ポルトガル語週刊紙『インターナショナル・プレス』(一一月六日号)は、被災地で暮らすブラジル人の様子について特集を組みました。被災地ブラジル人の精神的ダメージは非常に大きく、長岡市で避難所生活を送る一人は「私たちは精神的援助を非常に必要としている」と答えていました。そのような状態の中、領事館職員や心理カウンセラー、ボランティアなどが被災地を訪れました。「仕事の状況やこれから生活がどのようになるのかという疑問を解消することができた」という声のように生活不安の解消に役立ったり、「今彼らが何を感じているかそのことを口にするだけで、ずいぶん楽になる」と心理カウンセラーの一人が言っていたように、精神的ストレスを和らげることにも貢献できたりしたようです。

また、多くの個人や民間企業などからも被災地のブラジル人に義援金や救援物資が直接届けられました。「みんなが来てくれて本当に良かった。私たちのことを心配してくれている人がいるのだということが分かった」「お金ではない価値観の大切さを知った」という声があったそうです。

人はつらい境遇に陥ったとき、その境遇を嘆き、不安感と孤独感にさいなまれがちです。そんな時、「あなたのことを気にかけているよ。必要な時はいつでも力になるよ」という気持ちがどれほど当事者の人たちの支えになれることでしょうか。私自身も心の原点に気付かされる思いがしました。

松井 高 brazil@nifty.com

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